Jul 26, 2011

専門の転職サイトでも看護師求人

現在は、高齢化に伴い、病院では手術の数が増加しています。入院患者の場合は、看護師が必ず看護師が一人付きますので、病院の多くでは、看護師不足が起きています。看護師を確保しようとする看護師求人サイトも増えてきています。看護師の転職にインセンティブをつけて、なんとか看護師に病院に来てもらう努力をしている所が多いです。今後も看護師求人は激化していくと思います。
日本も高齢化社会が進行して若者たちが故郷を去り、高齢者だけが残って医師も不足している状況をよく聴いています。そして、このように過疎化が進んだ地域では、医師の求人はなかなか難しいと聞いています。このような場所で、医師の求人をするときは、地方公共団体も支援をしていかないと、なかなか医師が集まらないと思っています。
 ◇無料で利用、常時350枚アップ
 唐津市は、市内の名所や祭りなど観光関係の電子データ写真を無料で利用できるサービスを行っている。市のホームページ(ポータルサイト)に「フォトライブラリー」を設置し利用者に取り込んでもらう方式で、常時約350枚をアップしている。中にはアップして1カ月余りでアクセス数が5000件以上に上る写真もあるという。
 ライブラリーは、市の自然や歴史・文化、食、体験など写真を中心に、簡単な説明文も付けている。市ポータルサイトにアクセスし、「観光のご案内」→「フォトライブラリー」と進む。人気が高いのは唐津くんちや虹の松原、ひな祭り関連のイベントなどという。
 掲載されている写真は、唐津のイメージを損ねるもの以外なら、ガイド本や雑誌、インターネットなどでの利用可能。著作権は原則として市に帰属し、写真集など写真そのものを商品化する使用などは禁じている。また、使用する場合の大きさはハガキ大までなら自由だが、それ以上のサイズになれば市観光課の許可が必要。
 市からフォトデータ作成の委託を受けている唐津旅館協同組合の川添晃理事長は「旅の目的地をイメージしてもらい、宿泊を含めた観光客を増やしていきたい」と滞在型観光の構築に期待を寄せている。【原田哲郎】

4月17日朝刊

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 湯河原町議会(定数16)は5月19、21の両日、町民との意見交換の場となる「議会報告会」を初めて開催する。改革の必要性が叫ばれる地方議会で相次いでいる取り組み。改革の「必須条件」とされる議会基本条例を2007年4月に全国2番目の早さで制定した町議会が、ようやくその第一歩を踏み出す。

 テーマは「11年度予算の主な事業」。現役世代から高齢者まで幅広く参加できるように、木、土曜日の日程を組んだ。議員はいずれかに出席。うち正副議長ら5人は両日とも参加する。

 時間は約90分を想定。議員による予算の概要説明の後に町民からの意見・質問を受け付ける。司会は議員が務める。会の要旨は広報紙で紹介する。

 町議会は3月定例会で同条例の改正案を可決。議会運営委員会が必要と判断した場合に報告会を開催するとした。町議会事務局は「議会改革の本格的な第一歩。ぜひ、多くの町民に意見をぶつけてもらいたい」と呼び掛けている。

 19日は午後7時から文化福祉会館(同町吉浜)、21日は午後2時から町役場第2庁舎で。両日とも内容は同じ。問い合わせは、同事務局電話0465(63)2111。

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 きょうは東日本大震災から37日後です。昨日も強い余震が起こりました。安政元(1854)年11月5日(旧暦)に発生した安政南海地震の37日後はどうだったか、当時の日記を調べました。
 「夜八ツ(未明)過ぎよりゆり出し六七度ゆる……又波の入り来る事もやあらんと人々大いに騒ぎ また山へ逃げ上る」
 この年の大みそかには200回以上の余震がありました。遠い被災地が今感じている不安は、県民の先祖も体験したものでした。
 この日記は、土佐市宇佐町宇佐にある真覚(しんかく)寺の井上静照(じょうしょう)住職が書いたものです。安政南海地震の前日に起こった安政東海地震の日から書き始め、「土佐日記」にならい、「地震日記」(9巻)と名付けました。続けて亡くなる前年の明治元(1868)年まで書いた「晴雨日記」(5巻)と合わせて「真覚寺日記」と呼ばれます。
 寺を訪ね、同市有形文化財の現物を見せてもらいました。おおよそB5判大で全14巻が木箱に納められています。流れるような筆致で筆書きされ、薄い紙をめくる度に驚きました。一文字たりとも修正がなかったのです。
 井上秀晃・現住職(68)は静照住職の5代あとになります。3歳の時、1946年12月の昭和南海地震を体験しました。海から約200メートル離れた寺の門の前まで運搬船が流され、船内で数世帯が避難生活していたことを覚えています。門の前には昭和地震の、本堂前には安政地震の「潮位」を示す石碑が建てられています。双方の高低差はわずか1メートルくらいです。
 こうした先人が残した南海地震の石碑や記録を調べてまとめた本があります。高知市の郷土史研究家、小松勝記(かつき)さん(66)の「南海地震の碑を訪ねて」(02年・毎日新聞高知支局、2100円)。県内の観音像を調査中、高知市種崎の寺の観音像が津波で流されたことを文献で知り、興味を持ったのが始まりです。高知、徳島両県の46カ所を紹介しています。
 小松さんは「過去の人が単なる記録や読み物としてではなく、切実な思いで残されているのが今回の大震災でわかりました」。香川、愛媛の両県では石碑が確認できず「震動だけではそこまで恐怖心がないんですね」。津波の恐怖がいかに大きかったかの証しです。
 「後世よく心得べし」。静照住職は戒めています。「浪の入りし時諸道具打ち捨て置き 山へ逃げ上るものは皆命を助かり 金銀雑具に目を懸け油断せし者は悉(ことごと)く溺死(できし)す」。宇佐では約70人が亡くなりましたが、昭和地震の際は死者・行方不明者各1人(土佐市史)。先人の戒めが「人々の心の中に生き」(同史)ていたのです。
 「水は昔を覚えている」(河田恵昭氏著の岩波新書「津波災害」)。昔海だった所は埋め立てても水が覚えているという意味ですが、津波自身もかつて流れた経路を覚えているはずです。来る南海地震について、県は安政地震並みのマグニチュード8・4の場合、津波による死者が最悪7000人と想定しています。3・11の惨状を目にした今こそ、物言わぬ石碑や記録に目を凝らす時です。【高知支局長・大澤重人】
 ※「地震日記」は、土佐市郷土史研究会(088・852・3333)の改訂版第1集から引用しました。日記の一部を読みやすくしたものです。1000円。
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 ■安政南海地震発生日の「地震日記」(抜粋)
五日 晴天 [今朝日輪赤き事紅のごとし]
七つ半(早朝)時俄(にわか)に一天薄闇く相成り近代未曾有(みぞう)の大地震
山川鳴り渡り土煙空中に満ち飛鳥も度を失い
人家は縦横無尽に潰崩(かいほう)し瓦石(がせき)は四方へ飛び
大地破裂してたやすく逃げ走る事も成り難く
男女只狼狽(ろうばい)周章し児童呼叫の声おびたゞし
間もなく沖より山のごとき波入り来たり宇佐福島一面の海と成る
今夜月の入り迄(まで)に津波入る事凡(およ)そ八九度
壱番波より弐(に)番三番の引き汐に浦中皆流るゝ

4月17日朝刊

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Posted at 07:19 in Earthquake | WriteBacks (0) | Edit
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