Nov 18, 2008

不動産投資信託のパッケージを作成する

不動産投資信託にはいろいろな種類があるが、様々な不動産投資信託を保有して見て自分に最適なのは、レジデンス系の不動産投資信託だと思った。それにしても、不動産投資信託は、投資対象としていることによって特徴がある、それを理解していると、自分だけの不動産投資信託のパッケージを作成することができるだろう。
マンション事業で、家賃は、本来家主に支払う家賃を支払うようにするのは当然です。しかし、家賃を家主に支払うことなく供託をした場合、家主に支払うことになります。その制度は、家賃供託制度です。一種の清算制度であり、使用料の供託は、弁済供託のひとつです。アパート経営で知っているし制度です。
 京都大大学院工学研究科は12日、第1回馬詰研究奨励賞を14人の大学院生に授与した。
 1951年に工学部を卒業、帝人の米国法人社長などを歴任して06年に亡くなった馬詰彰博士の遺志で寄付された1億円で創設。50万円を上限に海外研修費を支援していく。【榊原雅晴】

8月13日朝刊

 西村公克さん 57歳(にしむら・きみかつ=近畿税理士会副会長)11日、急性心不全のため死去。葬儀は14日午後1時、京都市南区西九条池ノ内町60の公益社南ブライトホール。喪主は妻ふき子(ふきこ)さん。

8月13日朝刊

 舞鶴市発注の電気工事で、業者に内部文書を渡すなどした見返りに現金100万円を受け取ったとして収賄罪に問われた元市水道部浄水課主幹の岸田忠被告(52)=懲戒免職=の判決公判が12日、京都地裁であった。永井健一裁判官は「賄賂が多額で悪質な犯行。公共工事に対する市民の信頼を損なった」などとして、懲役2年、執行猶予4年、追徴金100万円(求刑・懲役2年6月、追徴金同)を言い渡した。
 判決によると岸田被告は09年6月、福知山市の電気設備会社の元社員ら2人=贈賄罪で有罪が確定=に工事内訳書などの内部文書を渡し、現金100万円を受け取った。
 弁護側は「文書に機密性はない」と無罪を主張していた。判決では、渡された文書は非公開だが、下請け工事受注のための見積書作成のみに使われ、入札の結果には影響は及ぼさなかったと判断した。
 多々見良三・舞鶴市長は「有罪判決を厳粛に受け止め、再発防止に努めたい」とコメントした。【成田有佳】

8月13日朝刊

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 第31回全日本6・9人制バレーボールクラブカップ男女選手権大会(毎日新聞社、日本バレーボール協会、日本クラブバレーボール連盟主催、デサント協賛)は12日、静岡県で9人制男子予選グループ戦があった。
 府代表の京都教員クラブは新宿西龍会(東京)に1−2、三田川・相葉(佐賀)にも1−2で敗れ、予選で敗退した。

8月13日朝刊

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 ◇専門知識結集し市民に
 ◇3万人集め入場券増刷
 直前まで続いた豪雨はうそのように晴れ渡っていた。1951年7月、京都市下京区、京都駅前の丸物(まるぶつ)百貨店(後の近鉄百貨店京都店、現在の京都ヨドバシ)5階催事場に京都大の学生らと市民がひしめき合い、蒸し暑さに熱気が加わる。
 同14日から24日まで開かれた「綜合(そうごう)原爆展」。入り口付近には、皮膚が垂れ下がり、男女の区別も付かない被爆者を描いた「原爆の図」5部作が並び、来場した老若男女が立ち尽くす。後に反核・反戦芸術家として国内外に知られる丸木位里・俊夫妻の作品で、4部、5部は初公開だった。当時、文学部1年だった川合葉子さん(80)=北区=も「圧巻だ」と感じていた。
 会場には約190枚のパネルに仕立てた資料がずらりと並ぶ。作り上げたのは京都大の各学部生有志だ。被爆者の体験記(文学部)、原爆でケロイドになった患者の写真(医学部)、爆発からキノコ雲が見えるまでの瞬間を段階的に示した図解(理学部)……。
 他にも法学部、農学部、経済学部など、各学部の学生が専門を生かして展示内容を練った。パネルに仕立て上げたのは工学部の学生だ。分業で準備してきたこともあり、会場に勢ぞろいした資料の迫力には、学生たち自身も圧倒されていた。
 原爆とはいったい何なのか。原爆による被害の実態とは。米軍による占領と情報統制が続く中、一般の市民はそれまで具体的に知らされていなかった。来場者は初めて目にする資料の連続にくぎ付けだ。学生はパネルを指し示しながら、汗とつばを飛ばしながら解説に声をからした。
 「来場者と学生が一体になったその空間は、敗戦後の解放感と新たな戦争への不安が入り交じっていた」。当時文学部1年で宣伝を担当した小畑哲雄さん(84)=八幡市=は振り返る。
 市電の普通券が8円だった当時、30円の入場券は売り切れ、増刷されたという。「大成功だ」。確信を胸に、小畑さんは来場者を増やそうと資料写真を焼き増しして作った紙を手に街へ飛び出した。
    ◇
 「綜合原爆展」からちょうど60年が過ぎたこの夏、日本は東京電力福島第1原発事故により再び放射能被害の危機に包まれている。それぞれに戦争体験を持っていた当時の学生らは、どのように同展に関わり、その後の人生を歩んだのか。60年を経た当事者を訪ね、平和への思いを聴いた。【成田有佳】=つづく
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 ■ことば
 ◇綜合原爆展
 京都大の学生らが原子爆弾に関する知識を専門分野別に解説。当時各地を巡回中の「原爆の図」と併せて1951年7月14〜24日、京都市下京区の百貨店で展示し、約3万人の入場者を集めた。主催は京大同学会(京大の全学学生自治会)で、同年5月の春季文化祭に原爆の効果などを伝える雑誌を元にした展示や講演を実施したのがきっかけ。一般市民に原爆被害の実態を多角的に伝える展示は世界でも初めてだったとされる。91年、当時を知る学生らで「『原爆展』掘り起こしの会」(事務局・川合葉子さん)を作り、参加者の証言や資料を集めている。(展示会の名称は、当時の漢字表記に準じた)

8月13日朝刊

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