Dec 30, 2009
コールセンターはどこにありますか。
事業をしていくときに必要な場合が多いのがコールセンターです。主に、クレームや案内などの業務は、製品の販売に欠かせません。ただし、設置場所に応じて、費用にかなりの違いがあります。そのため、大規模なコールセンターを考えるならば、地方都市に設置することをお勧めします。電話サービスなので、お客様は、どこでサービスを受けているのかは知らないので、コストのかからない場所がいいです。電話代行のメリットは、新しい従業員を雇う必要がないところです。若干の費用がかかりますが、従業員を雇用数に比べればはるかに安いです。電話代行する職種から検索してみると、実に多くの電話代行の会社がヒットします。電話代行会社はたくさんありますが、やはり長い間営業をしてきた会社が最も信頼ができるのではないでしょうか。
創作和菓子の店「洛心館」(京都市中京区柳馬場錦小路上ル十文字町、TEL 075-221-2577)がフルーツを使った大福「つつみ果実」の販売を始めた。(烏丸経済新聞)
季節の国産フルーツを大福にした同商品。4月から販売を始め、5月末からは商品を入れ替え、ピオーネ、パイナップル、甘夏、メロンの大福を店頭に並べる。
「もともと季節限定で販売していたイチゴ大福が人気だったので、季節ごとのフルーツを大福にできないか」と始めたという。フルーツの甘みやみずみずしさを生かすために試作を繰り返し、約1年かけて商品化。フルーツは食感などを確かめながら産地や品種を選んだという。「果物は適度に酸味のあるものがうまく合うようだ」と同社営業担当の松本健一郎さん。
果物によってあんの種類なども変えている。今回のピオーネには黒あん、そのほかは白あんを使った。冷蔵保存するため少し柔らか目にしたもちの生地で包み、艶やかさを出すために生地の外側は寒天でコーティング。「バランスを考えて作っているのでぜひ一口で食べていただければ」と松本さん。
商品は自宅用に購入する人が多く、利用の少なかった男性や若い女性にも人気だという。「大福は2つも食べればおなかいっぱいになるが、これはぺろっと4つ食べられた」と話す人も。
「当店の商品は和菓子の良さを残しながら洋の素材や手法を取り入れている。これからも和菓子を生かした商品を作っていきたい」と松本さん。今後もシリーズとして旬の果物を使った商品を出す予定だという。
1個263円。4個入り1,050円、6個入り1,575円。営業時間は10時〜19時。水曜定休。
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東日本大震災で、岩手県沿岸の大槌町に住む親族を失い、同県への派遣部隊に加わった警察官がいる。「憤りやもどかしさを抱えた毎日だった」。家や家族を失った被災者に思いを重ね、治安維持にあたった3週間の活動を振り返った。
瀬谷署地域課の野口俊次巡査部長(56)は、津波で大槌町にある妻の実家が流された。95歳の義父と70歳の義兄が暮らしていた。震災直後から連絡が途絶えていたが、義兄は19日後の3月30日、家から約300メートル離れた場所で、がれきの下から発見された。義父はいまだ行方不明だ。
「派遣部隊として岩手県に行かないか」。事情を知った同署幹部から伝えられたのは4月上旬。「自分なら被災者の気持ちが少しは分かる。力になれるのではないか」。現地入りを決め、同月17日から5月9日まで陸前高田市で活動した。
同市は、妻の故郷である大槌町から車で1時間ほどの距離にある。親族とともに何度か訪れたことがあった。「市街地は一面がれきの山。同じ場所だとは信じられなかった」
市内87カ所の避難所を巡回し、警戒とともに住民の相談を受けた。訪れた体育館や寺院で、わずかな食料を分け合い、身を寄せ合う被災者の生活に触れた。「家を失った義姉や義弟が浮かび、そばにいてあげられない分、目の前の人たちの助けになりたいという思いが強まった」という。
避難所で出会った50代の男性が忘れられない。津波で両親を失い、ふさぎ込んでいた。「私も身内を亡くしたんです」。自分のことを話した。「これからどうすればよいのか分からない」。男性はとつとつと語り始めた。悲嘆に暮れる男性に「気持ちは痛いほど分かる。これからゆっくり考えていきましょう」。何とか、そう応えた。
現地で被災者の心を踏みにじる場面に出合った。連休中、何度も県外ナンバーの車が被災地に入り、がれきの前で笑顔で写真に納まっていた。「まだこの下にいる人もいる。やめましょう」。呼び掛けに、怒声を返されたこともあった。
5月9日、現地をたち帰途に。道中、2人の女の子が沿道から警察車両に向けて頭を下げていた。この子たちのために、どれだけのことができたのか。「申し訳ない気持ちにもなったし、同時に温かい気持ちを受け取った」。今もその姿は目に焼き付いている。
23日、署員を前に体験を語った。「今後派遣される人に、被災者の思いを伝えたかった。できるなら何度でも被災地に入り、現地の人たちのために力を注ぎたい」と野口さんは話した。
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